ITmediaの 「メモ帳」の対応で脚光を浴びるMarkdown AI時代の“文書共有のスタンダード”になるか という記事を読みましたが、技術的背景を知る者としては、正直なところ強い危機感を覚えずにはいられませんでした。この記事は、おそらくインプレスの「技術の泉シリーズ Markdown ライティング入門」などをベースに構成されたものと推測されますが、紹介されているツールや認識が数世代前で止まってしまっています。
2026年という現在、Markdownはもはや「普及するかもしれない」技術ではなく、 エンジニアリングと文書作成の分かちがたい交差点 として確立されています。本稿では、同記事で見られた技術的な誤謬を正しつつ、現代における真のMarkdownワークフローを整理します。
1. ツール選定における「出土品」レベルの乖離
まず、Markdownエディタとして「MarkdownPad」や「MacDown」が挙げられている点に驚きを禁じ得ません。MarkdownPadは2013年にMarkdownPad2へと移行しましたが、その後、Microsoftの Visual Studio Code (VS Code) という圧倒的なデファクトスタンダードが登場したことで、その役割を終えています。
今、初心者にこれらの化石化したツールを勧めるのは、令和の時代に「インターネットをするならNetscape Navigatorがいいですよ」と教えるようなものです。
Cursorは「モデル」ではなく「フォーク」である
記事中では以下のような記述がありました。
「Cursor」はこれ(VS Code)をモデルに作られているので、元祖の方でもMarkdown記法に対応している。
技術メディアとして、ここは正確に 「Code - OSSをフォークして開発されている」 と記述すべきです。「モデルにしている」という曖昧な表現では、バイナリ互換性や拡張機能の共有性といった重要な技術的構造が伝わりません。
2. 破壊されているワークロードとAIの拒絶
最も致命的だと感じたのは、執筆環境に関する以下の助言です。
「Markdown Editor」という拡張機能があり、それをインストールするとレンダリングした状態で執筆が可能になる。ただ「Markdown Editor」上で書くと、「Cursor」の特徴であるAIのサジェスチョンが表示されないので……
この「編集画面をプレビュー画面で上書きする」スタイルは、現代のAI駆動開発(AI Native Development)とは極めて相性が悪いものです。CursorやVS Codeの真髄は、エディタがテキストの構造を理解し、AIがリアルタイムで補完や修正を提案することにあります。
標準のプレビュー機能を Side by side (左右分割) で配置すれば済む話を、わざわざAIの恩恵を殺すような拡張機能を紹介するのは、読者を「一番不便で、AIの恩恵を受けられない呪われた環境」に閉じ込める行為に他なりません。
3. 現代のMarkdownエコシステム:Mermaidと自動化
現代のMarkdownは、単なるリッチテキストの代替品ではありません。 Mermaid による図解のコード化、 Pandoc による高度な形式変換、 GitHub Actions による自動ビルドなど、高度に自動化されたエコシステムの一部です。
上記の図が示すように、現代的なワークフローでは「テキストを書いて終わり」ではなく、図解(As Code)やCI/CDを含めた一連のパイプラインとしてMarkdownを扱います。
4. README.mdに関する10年遅れの予言
記事には「今後はフリーソフトのreadmeファイルなども、Markdownで記述されてくるかもしれない」という記述がありました。
断言しますが、これは 現在進行形の常識 であり、未来予測ではありません。GitHubが台頭した2010年代前半にはすでに決着がついている話です。2026年にもなって「これから普及するかも」と語るのは、情報の鮮度が致命的に欠如していると言わざるを得ません。
結論:初心者が「呪い」にかからないために
Markdownは、AI時代の情報を整理するための 最強のプロトコル です。しかし、その恩恵を享受するためには、適切なツールチェーンの理解が不可欠です。
- エディタは VS Code または Cursor を選択する。
- プレビューは左右分割で行い、AIのサジェストを妨げない。
- 図解が必要なら、画像を貼るのではなく Mermaid で記述する。
- 変換が必要なら、でんでんコンバータではなく Pandoc や Static Site Generator を検討する。
古い情報を信じて非効率な環境を構築してしまうことは、学習者にとって最大の損失です。技術メディアには、単なる表面的な紹介ではなく、現代の標準的なワークフローに基づいた正確な情報の提供を強く望みます。
