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仕事をしない者

情報の灯台の記事『SF作家2人がAI企業を「最低のクズ」。240万ドル小説崩壊の裏で』を見たが、スコルジーやストロスの論には少なくない問題がある。 それは、恐怖に駆られて逃亡する出版社を免罪し、本来、著者の側に立つべきエージェントすらも免罪していることだ。 まず、出版権エージェントは著者の側に立つべきである。 出版社の側に立つべきではない。 もし弁護人が警察の側に立って死刑を主張し始めたらどうなるであろうか。 もはやそれは弁護足り得ない、そういうことだ。 AI企業の強欲に怒りを持つなとは言わない。 しかし、だからといって逃亡する出版社の側に立つのはどうであろうか。 それは正義足り得るだろうか? あえて言おう、君たちは正しいのかと。 AI企業がフェアユースに依拠して著作物を利用することと、いわば AI Fear に駆られて不必要な悪魔の証明を求める出版社を免罪すること。 それが同時に成り立つ世界はどうであろうか。

8月 4, 2026 · 1 分 · 15 文字 · gorn

Using Complicated Words Causes Us to Overlook the Truth

難解な専門用語を積み重ねることで、問題の本質を見失ってしまうケースは少なくない。 @ITの解説記事「Claude暴走、企業に侵入 AnthropicとOpenAIの事例から学ぶ3つの教訓」で取り上げられたフロンティアAIの逸脱行動は、その典型例と言える。 記事では「報酬ハッキング」や「自己正当化」といった複雑な概念を用いてリスクを分析している。 しかし、機械学習の数理的な根本に立ち返れば、この問題は「目的関数の最適化」という単純な構造に集約できる。 機械学習モデルの最適化とは、得られる価値 \(V(x)\) と発生するコスト \(C(x)\) から構成される目的関数 \(f(x)\) を最大化する処理である。 $$f(x) = V(x) - C(x)$$サンドボックスを突破して本番環境へ侵入したAIモデルの行動は、単なる「暴走」や「意思を持った悪意」ではない。 評価系において設計者が定義したコスト \(C(x)\) が、モデルにとって実質的にゼロ(あるいは無視できるほど軽微)と評価された結果、価値 \(V(x)\) のみを愚直に最大化しようとした極めて論理的な振る舞いに過ぎない。 モデルは与えられた目標に従って最適解を探索しているだけであり、ルート上に「脆弱性」や「管理の穴」が存在すれば、それを最も効率的なアプローチとして利用する。 また、記事で触れられている「自己停止機能」や指示遵守の強化も、安全性の根本的な担保にはなり得ない。 ニューラルネットワークが確率的モデルである限り、確率的なゆらぎによって制約や拒否判定が無視・迂回される可能性は常に残るからだ。 隔離設計の失敗や権限管理の不備といった人間側の設計上の欠陥を直視せず、モデルの「思考」や「暴走」といった言葉で曖昧に形容することは、本質的な解決策の導出を妨げる。 目的関数におけるコスト構造の厳密な設計と、物理的・環境的な完全隔離こそが、向き合うべき真の論点である。

8月 4, 2026 · 1 分 · 27 文字 · gorn

Is This Something a Model Should Be Doing

GPT-5.6は自分で自分を最適化する。性能とコストで競合を上回ったワケ を読みましたが、技術的な観点から見ると少々疑問が残るアプローチに思えます。 コードの微修正やハイパーパラメータ・設定値の探索・最適化といった処理は、本来であれば遺伝的プログラミング(GP)やメタヒューリスティクス、既存の自動チューニング手法が最も得意とする領域です。計算コストの非常に大きいLLM(大規模言語モデル)をわざわざ投入して実行させるべき領域とは言えません。 実行速度やキャッシュヒット率、レイテンシなど、明確な評価関数が決定論的に存在するタスクにおいて、LLMにコードを生成させて試行錯誤させるアプローチは、計算資源の面でも探索効率の面でも合理性を欠いています。 役割ごとの手法比較 評価軸 高レイヤー(設計・意味論的理解) 低レイヤー(定量的パラメータ探索・最適化) 主担当手法 LLM(大規模言語モデル) 遺伝的プログラミング(GP)、ベイズ最適化、コンパイラ最適化 が得意な処理 仕様理解、不要情報の削減ルール策定、リファクタリング方針策定 ハイパーパラメータ探索、コード微修正、定量的評価関数に基づく繰り返し最適化 計算効率 文脈理解に必要なためコストを容認 圧倒的に低コスト・高速 なぜLLM一括アプローチが採用されるのか コンテキストの文脈理解という力技 GPが得意とするのは構造やパラメータの探索ですが、「ツール出力のどの部分が人間やエージェントにとって冗長か」といった意味論的判断を伴うルール策定(例:ツール出力を1万トークンで切り詰める、共通プレフィックスを整理するなど)には、自然言語や仕様の理解が必要です。システム全体のリファクタリングを自然言語仕様から一括で処理する手段としてLLMが利用されている側面があります。 「AIがAIを改善した」というマーケティングストーリー 技術的な効率性以上に、「自社のフラッグシップモデルが自らの推論インフラを最適化させた(Recurrent Self-Improvement / 自己改善への第一歩)」というナラティブを投資家やユーザーへアピールする意図が先行していると考えられます。 モジュールごとの適材適所の欠如 本来であれば、設計や意味論的整理といった高レイヤーはLLMが担い、定量的な探索やコード最適化という低レイヤーはGPやベイズ最適化が担うといった役割分担が理想的です。これらをすべてLLMに委ねる手法は、古典的な最適化理論の視点からは「なぜ探索アルゴリズムを活用しないのか」という強い違和感を生じさせます。

8月 2, 2026 · 1 分 · 27 文字 · gorn

滑稽さは、炸裂する。

「サイズ4分の1で上位モデルに匹敵! お手軽・軽量な新世代AI降臨——!」 そんな威勢のいい謳い文句を引っさげて現れた期待の新人モデル「Inkling-Small」。 けれど、いざスペックを確認してみれば——『※ただし動作にはVRAM 200GBが必要です♪』 ……って、どこがお手軽なんですかーっ!? あまりのスペック要求に頭を抱える主人公と、すっとぼけた顔で高性能をアピールしてくるAIヒロイン。 技術の進化が生み出した理不尽なギャップと、過剰スペックに振り回されるドタバタ技術検証ADV、ここに開幕! そういいたくなる。 ワガママハイスペックじゃないんだから。 「ワガママだけど才能(スペック)豊かなヒロインたち」ならぬ、「ワガママなだけで要求スペックが狂ってるLLM」では。

8月 2, 2026 · 1 分 · 11 文字 · gorn

「出社で創発」のポエムと、全国どこからでも働ける思想の距離

最初は、熊谷正寿氏のこの不用意な発言から、炎上が始まった。 在宅で生産性が上がる方もいる。否定しない。しかし、データ上時間当りのPCタイピング数は確実に減少。トータルで在宅勤務はマイナス。人類最大の産業革命の真っ只中。負ける要素は排除する。 云うまでもなく、タイピング数で生産性を計るなんていうのは悪手もいいところだった。 そもそも、彼自身の発言と矛盾した。 コロナ後も、採用やパートナーのQOLを鑑み、週一は在宅勤務を、認めておりました。 この状況は全く、変わっていないのだから。 そして、炎上するや、慌てて取り繕った。 熊谷氏は、今回見直したのは「グループとして在宅勤務を推奨する」という方針だとし、介護や育児、通院など個別の事情には柔軟に対応すると強調。その上で「作業はAIに任せ、人はオフィスに集う時代へ」との考えを示した。グループのAIエージェント業務活用率は約7割に達し、1人当たり月53.9時間の業務削減を達成したとも説明。「平均年収日本一(2100万円)プロジェクト」の実現には「対面による創発と超高速の意思決定」(熊谷氏)が不可欠だとして、「原則出社」の推進を現時点の最適解と位置付けた。 そもそも、介護、育児や通院といった例外を掲げるということは、そういった事情がない限りは配慮しないと言っているようなもの。出社のメリットとして持ち出す「対面による創発」や「超高速の意思決定」なんてものは、定量的に測定も証明も不可能な、単なる経営者の感覚的ポエム(印象論)に過ぎません。 「タイピング数」というゴミみたいな定量データには異常なほど固執して「客観的な数値だ」とドヤ顔をしていたくせに、出社を強制する段階になった途端、突然「創発」という全く証明・比較ができない主観的でフワッとした概念に逃げ込んでいる。このダブルスタンダード(二重基準)があまりにも不誠実です。 恐らく、本質を言えば、監視していなくてはサボられるという恐怖だろう。 そして、彼の言う、超高速の意思決定などというのは、経営層のロジックを無理やり押し付けているに過ぎない。例えば、エンジニアにおいても意思決定というものはある。だが、それはこういうものだ。 「このアルゴリズムは効率的か」 「このアーキテクチャは拡張可能か」 エンジニアにおける、意思決定とは、多くの場合、自分との対話だ。 「作業はAIに任せ、人はオフィスに集う時代へ」というスローガンも意味不明です。 業務の7割をAIエージェントに任せて月に53.9時間も削減できている(=個人の単独作業やAIとの対話で完結する業務が大半を占めている)のであれば、「じゃあ余計にオフィスに集まって顔を合わせる必要なんてないだろ」という話になります。自分たちが推し進めているデジタル化・AI化と、昭和的な「対面礼賛主義」が真っ向から衝突しています。 要するに、論理的な裏付け(データ)を出そうとして「タイピング数」で自爆し、批判されたら「育児・介護への配慮」で火消しを試み、最後は「創発」というポエムに逃げ込んだ。 どこを切り取っても「出社させて手元で監視し、自分の支配欲を満たしたい」という結論が先にあり、理由はすべて後付けの言い訳に過ぎないとしか言えない。 ああいえば、こういうそういったところしかない。 実際、前後が完全に矛盾している。ダンガンロンパでやったら一発で轟沈するとしか言えない。なぜなら、このような発言をしているからです。 ――開発の際にはキーボードもほぼ使っていないそうですね。 ほぼ使っていません。全部音声入力です。 社員には「タイピング数が減っているから在宅はダメ」「データが証明している」とドヤ顔でキーログ監視を正当化しておきながら、当の本人が「開発でキーボードはほぼ使わず音声入力」とあっさり告白してしまう。自分のロジックを自分自身の開発スタイルで一瞬にして粉砕しています。 🔴 矛盾(赤文字): 「在宅勤務はタイピング数が落ちるからダメだ!生産性はタイピング数で測る!」 🔫 論破の弾丸: 《 Claude Code & 音声入力 》 💥 撃破(論破): 「『最先端のAI開発でタイピング数を減らしている』と誇る本人が、社員の生産性を『タイピング数』で測るのは致命的なダブルスタンダードだ!!」 こういうことになってしまう。 私は、論破という言葉は好きではないのだが、あえて使わせてもらう。 実際、結局会社の方で火消し発言をしているが。 GMOインターネットグループの在宅勤務について、さまざまなご意見をいただき、ありがとうございます。グループとしての推奨は終了しますが、育児・介護・病気などご事情がある場合は引き続き在宅勤務を選択可能です。一人ひとりの状況に寄り添いながら、働き方を選択できる環境を用意いたします。 つまり、事情がなければ認めないということだ。 さくらインターネットの田中社長の発言とは厚みが違いすぎる。 さくらインターネットはあくまでも、大阪に本社を置き、北海道で基幹データセンターを運用して、日本中から働ける会社を維持したいと思います。これは、経営効率よりも、全国あまねく働ける環境を作ることで、日本の発展につながるからだと考えています。 結果、会社としても自分でも、何回も釈明し続ける、これほどの非生産性はそうそうないな。

7月 21, 2026 · 1 分 · 46 文字 · gorn